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下市町と箸の歴史

吉野地域の玄関口に位置する下市町の産業は、豊かな自然を活用して発展を遂げてきました。
町の総面積の79%を占める森林資源を活用した木工業が盛んで、とくに割箸の歴史は、南北朝以前にまでさかのぼる事ができるほど古く、伝統産業として定着しています。

下市はわりばしの発祥の地です

下市の割箸は、江戸時代に吉野杉で作る酒樽の材料の端材が捨てられるのを惜しんで考案されました。
今では、吉野杉の大半は建築材などに変わり、樽の製造は少なくなってきましたが、現在も木材の端材で作られ、自然を大切にする心は受け継がれています。

自然に優しい下市のわりばし

下市の割箸は、植林された吉野杉の原木を、建築製品等に製材した後に残る外側の利用度の少ない部分(背板)だけを利用して、一本一本巧みに加工し吉野杉の美しさを損なうことなく作られています。
吉野地方では、あくまでも森林の恵みを余すことなく活用し、森林の保護育成を図り、清らかな水と緑、澄んだ空気を生み出し自然を守っていくことを考え、先人の知恵である割箸づくりの灯りをいつまでも大切に耐えることのないよう守り続けます。

しもいちわりばしの沿革

そもそも割箸の由来については古事記のスサノオノミコトの神話にさかのぼることは歴史学者や箸の研究家が記述しています。
その後、南北朝の昔、後醍醐天皇が吉野の皇居にあらせられた時、下市の里人が杉箸を献上したところ、その美しい木目と芳香を喜ばれて朝夕ご愛用されたので公卿、僧侶にも使用されるようになり、次第に伝えられて今日に至っております。
江戸時代の寛政年間、割箸の製法が改善され、続いて安政年間に利久箸が考案されてから下市の割箸の名が一躍高まったのであります。
明治になるまで販路は近畿地方に限られていたのですが、維新後国勢の伸展に伴い需要が激増して販路も全国におよび家庭工業として大きな発展をとげ「箸の町」と呼ばれるに至ったのであります。
太平洋戦争までは生産は向上の一途を辿り朝鮮、台湾、中国をはじめ、遠くハワイ、アメリカまで輸出されたのですが、戦争で激減したのを終戦と共に復旧を目指して立ちあがり杉箸の他に桧箸の生産もはじめ吉野箸の生産額は倍増し、わが国経済の高度成長と共に飛躍的な発展をとげたのであります。

最高級わりばしの種類

利休

利休

千利休が考案。中央部をやや太くし、両端を細かく削って面を取り、バランスのとれた割箸です。

らんちゅう

らんちゅう

吉野杉の両端を細く、中央部をやや太くした箸を一本ずつ丹念に仕上げ、2本組みとし、紙帯をした気品のあるお箸です。

天削(杉)

天削(杉)

柾割り箸の頭部を鋭角にカットしたもので吉野杉独特の美しい柾目が正面に出た、割箸です。

天削(ひのき)

天削(ひのき)

天然抗菌作用のある桧を使用。頭部を鋭角にカットし、手触りが良く、ほのかな森の香りただよう割箸です。

元禄

元禄

天然抗菌作用のある桧を使用。小判型の割箸に割れ目と溝をつけて割り易くした割箸です。

 
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